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ARTRAY

アート鑑賞ナビゲーター藤田令伊のブログ形式のメディアです。
展覧会レビュー、アート鑑賞のヒント、アートニュースなどアートに関する
effectiveな情報を発信しています。アート以外についてもときどき書きます。
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ゴヤ 《1808年5月3日》
私的作品鑑賞
goya_18080503_480.jpg

1814 プラド美術館

まるで劇場のような場面。真っ暗な空を背景に、スポットライトに照らし出されるかのように民衆が浮かび上がっている。彼らは、いままさに処刑されんとするところだ。白シャツの男が両手を大きく広げて立ちはだかり、最後の抵抗を示しているが、その努力はまもなく無へと帰すのだろう。男の足元にはすでに殺された者たちの骸が折り重なるように横たわっている。体は血塗られ、凄惨なありさまを見せている。


ゴヤは「ものすごくうまい画家だ」といわれることもあれば、「技術的には拙劣だ」といわれることもある。「うまい」をどう定義づけるかで変わってくるのだろう。ただ単に写実力ということだけでは、それほど傑出した画家とはたしかにいい難いかもしれない。ゴヤ以上に真に迫った技量を発揮する画家は数多くいる。しかし、写実力とは異なる次元でゴヤの絵を見るとき、どうしてゴヤが「ものすごくうまい」といわれるのかが見えてくる。


たとえば、《わが子を喰らうサトゥルヌス》という作品がある。ちょっと(いや、かなり)おどろおどろしいが見てみよう。



ゴヤ 《わが子を喰らうサトゥルヌス》
1819〜23 プラド美術館


これは、自分の子どもによって自分の地位が奪われると予言され、生まれてくる子どもを次々に食い殺したというローマ神話のサトゥルヌスを描いた絵である。眼を大きく見開き、子どもを鷲づかみにして食べている。呪われた予言に憑かれた狂気がにじみ出ている。見るからに残酷な絵である。だが、よく見れば、ただ残虐なだけではないものも描かれているように思う。サトゥルヌスのこの顔。単に子殺しをしているだけの顔ではない。サトゥルヌス自身にもこの呪われた業をどうすることもできない、という悲しみも混じっているように私には見える。サトゥルヌスは運命によって子を「食べさせられている」のであり、ただ残虐なだけではないのだ。それをこの顔は物語っている。技術的な上手下手を超えた表現ではないだろうか。いったいゴヤはどこからこんな表現を掘り起こしたのだろうか。


同じテーマをバロックの巨匠ルーベンスも描いている。



ルーベンス 《わが子を喰らうサトゥルヌス》
1636〜38 プラド美術館


だが、こちらは「いかにも」という感じを覚える。ステレオタイプで、いわば「想定内」の描き方といえるだろう。ルーベンスとて巨匠と呼ばれる画家である。しかし、両者には絶対的な差異があると私には見える。ルーベンスと比較することでゴヤがいかに規格外かがわかる。ゴヤの描きようは「尋常ならざるもの」というほかない。


《5月3日》でも人物の表情が常識を超えている。とくに中心人物の左にいる男の顔が印象的である。目をむき、口をへの字に曲げ、唇に力を込めて少し仰向いている。顎は上がっているのに目線はやや下がっており、その結果、複雑な表情と心情がにじみ出ている。この男の胸中に去来しているものは何だろうか。怒りとも悔しさとも悲しみとも諦めともつかない、ひと言では名状しがたい類例なき心模様が表現されているように思う。


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ゴヤの描き方は巧みとか上手といった観点だけでは捉えられない。写実的、迫真的というのとも異なる。見る側の心を鷲づかみにするとでもいうような描き方だ。安易な表現、通例的な表現を排し、既存の言葉では説明がつかない、けれどもそれは間違いなく存在しているというものを描き出している。ゴヤは、うまいへたを超えたところで自分にとっての「真実」を描いているように見える。そういう意味において、私もゴヤは「ものすごくうまい画家」だと思う。いや、「ものすごくうまい画家」どころではない。私的には「比類なき画家」といって差し支えない。


画面はくっきりと明暗が分かれている。光に照らされているのは銃殺されようとしているスペイン市民たちのほうである。フランス兵たちには光はなく、みな顔を伏せるように銃を構えている。また、フランス兵たちは一様に描かれている。一人ひとりの個性はなく、まるで機械仕掛けの人形のようだ。彼らは血の通った人間ではないのである。


両手を大きく広げる中心人物の男は、足も広げて仁王立ちしている。その姿は×の字をかたちづくっており、おのずと十字架を連想させる。よく見ると、男の手のひらには穴が開いている。十字架に釘で打ちつけられたイエス・キリストの聖痕にほかならない。さらに、男たちの立つ場所はわずかながら盛り上がっており、この場がゴルゴタの丘になぞらえられているらしいことがわかる。この絵にはゴヤの祈りが込められている。


処刑され血まみれになって倒れている男の血を、ゴヤは筆を使わず指で描いたという。


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そうしないではいられなかったゴヤの心。それに思いをいたすとき、私の心は激しく打たれる。ゴヤはうまいへたを超え、筆ではなく魂でこの絵を描いたのである。絵画とは決して技術や美しいばかりではないということを私たちに教えてくれる。


本作は同じくゴヤの手になる《1808年5月2日》と対をなす作品である。


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1814 《1808年5月2日》 プラド美術館


《5月2日》は闘いの絵である。スペインへ侵攻してきたフランス軍に向かって市民たちが蜂起し、自由と誇りのために雄叫びを上げている場面が描かれている。場所はマドリードのプエルタ・デル・ソル(ソル広場)とされる。ソルはマドリードの中心地で、東京でいえば銀座みたいなところになる。そんな場所で人々は故国の尊厳のために行動を起こしたのだった。


だが、名もなき英雄たちの物語は1日にして暗転した。フランス軍が蜂起した市民を鎮圧し、銃殺執行隊によって43人がプリンシペ・ピオの丘で処刑された。犠牲になった者のなかには女性や子どもも含まれていたという。《5月3日》はその場面を題材にしたものだ。ゴヤは蜂起の《2日》と処刑の《3日》を連作にすることによって、運命の非情をより際立たせている。


ゴヤが本作を描いた1814年は、ナポレオンが君臨したフランスの第一帝政時代が終焉を迎えた年である。と同時に、スペインにとってはようやく独立戦争が終わった年でもある。フランスの圧迫が消滅し、フェルナンド7世が王位に就くと、ゴヤは自ら嘆願書を書いて戦勝画の制作を願い出た。そうして描かれたのが《5月2日》と《5月3日》である。


スペインにようやく安寧のときが訪れたかに思われた。が、人々の期待と希望を集めた新国王フェルナンド7世がもたらしたものは、あろうことか粛清の嵐による恐怖政治でしかなかった。1819年、ゴヤはスペイン宮廷に絶望するかのように「聾の家」に閉じこもり、あの「黒い絵」のシリーズを描く。そして最晩年は、自由主義者迫害から逃れ、フランスのボルドーへ亡命し、その地で波乱の生涯を閉じた。