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ARTRAY

アート鑑賞ナビゲーター藤田令伊のブログ形式のメディアです。
展覧会レビュー、アート鑑賞のヒント、アートニュースなどアートに関する
effectiveな情報を発信しています。アート以外についてもときどき書きます。
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ターナー 《レグルス》
私的作品鑑賞
ターナー 《レグルス》
1828 テート・ブリテン

ターナーは私の好きな画家の一人なのだが、世間的にはどうも評判が芳しいとは限らない。「なんだかよくわからない」とか「どれも同じに見える」という声をよく聞く。私としては少々残念な思いがするのだが、「イマイチ」と思っている人は世評に安易に流されていないわけで、頼もしいといえば頼もしい。


さて、これは《レグルス》という不思議なタイトルが付けられている作品である。レグルスとは古代ローマの将軍の名前で、本作はレグルス将軍の歴史逸話を題材にしている。伝承によると、第一次ポエニ戦争のとき、カルタゴに捕らえられたレグルス将軍は瞼を切り取られて暗い牢に長いあいだ閉じ込められた。そののち、強い陽光が射すところに引き出されたが、瞼がないのでレグルスはまばたきすることができず、太陽を直視することとなり失明した、という逸話である。伝承が事実かどうかはきわめて疑わしいが、たしかに水平線の彼方から強烈に射してくる陽光がこの作品のポイントになっている。油彩画なのに眩しささえ感じられる。ターナーの工夫は遠近法の消失点の位置に太陽を描いたことで、それによって絵を見た者が太陽をより自然に注目するように誘導している。なかなか巧みである。


本作にはひとつの謎があるとされる。《レグルス》というタイトルなのにレグルス将軍が描かれていないことである。岸辺には何人もの人間が描かれているが、レグルス将軍とおぼしき人物は見出せない。《レグルス》という題なのに肝心のレグルスはいないのである。この謎について、NHKの日曜美術館で松岡正剛氏は「レグルスは太陽の向こうにおり、光とともにレグルスの崇高さが伝わってくる」と解説していた。なるほど、そういう見方もあるのかと思ったが、その説明ではどうもしっくりこない気もした。


腑に落ちないのであれこれ考えていて、はたと気づいたことがあった。それは、ここに描かれている光景、これこそがレグルス将軍の見たものではないかということである。つまり、この絵はレグルスが見たものであり、絵を見ているわれわれ自身がレグルス将軍なのである。これはベラスケスの《ラス・メニーナス》と似た絵画構造である。絵がレグルス将軍の見た光景そのものならば、絵のなかにレグルス将軍の姿はなくて当たり前である。ターナーは、この直射日光によってレグルスが失明したというそのものを描こうとしたのだと考えるほうが私には納得できるのである。


本作は、ターナーが53歳のとき、2度目のローマ訪問の途上フィレンツェで見たクロード・ロランの作品にインスパイアされて描かれたとされている(最初のローマ訪問の際にも見ている)。たしかにクロード・ロランの海景画を彷彿とさせるものがあり、いかにターナーがロランに私淑していたかがうかがわれる。