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ARTRAY

アート鑑賞ナビゲーター藤田令伊のブログ形式のメディアです。
展覧会レビュー、アート鑑賞のヒント、アートニュースなどアートに関する
effectiveな情報を発信しています。アート以外についてもときどき書きます。
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クノップフ 《見捨てられた町》
私的作品鑑賞
khnopff1.jpg
1904 ベルギー王立美術館

セピアのモノトーンでどこかの広場らしき一角が描かれている。広場には小さな塔のようなものがあり、その向こう側に三角屋根が特徴的なレンガ造りの家並みが見える。家々には窓が多くあるが、どの窓も扉かカーテンかで閉ざされている。天窓や2カ所見える戸口も閉められたままだ。家は外界との接触回路がすべて意図的に絶たれているように見える。


絵の上半分は空に費やされていて、大気のうごめきみたいなものが霧のように描かれている。「気」が渦巻いているふうでもある。上半分が空になっていることで、この絵の捉えどころのない空漠とした雰囲気がよりかもし出されている。状況も不思議だ。広場のかなりの部分が薄っすらと水で覆われている。右奥の海と思しきところからあふれ出ているらしく、高潮か何かが押し寄せているのだろうか。それとも満潮になるといつもこうなるのか。《見捨てられた町》というタイトルからすると水没しつつあるところとも見ることができそうだ。いずれにせよ非現実的な場面ではある。


ここには人けというものがない。いや、人けがないというだけでは、この絵の雰囲気は言い表せない。あらゆる生命感や活動性が感じられない。ほぼ完全なる静止。時間も音も存在しないかのようだ。風景が描かれている絵だが一般的な風景画とはまったく異なり、風景画の体裁をとっているものの、主題は眼に見えない何かに思える。また、静かといえば静かなのだが、たとえばフェルメールの静けさなどとは別種の異様な静けさに支配されている。時空が凍結した絶対空間とでも呼ぶべき世界である。


クノップフと同じベルギー人の同世代の画家にレオン・スピリアールトという人がいる。独学で画家になった人物で、幼少期より病弱で内向的だった。画風にもそれが表れており、クノップフと同様、風景を描いているようでいて、精神的なものを感じさせる。


spilliaert2.jpg
レオン・スピリアールト 《めまい》
1908 ベルギー王立美術館


これはスピリアールトの《めまい》という絵だが、やはりどこか非現実的なニュアンスが色濃い。クノップフといい、スピリアールトといい、ベルギーの芸術家は精神的な傾向が強いのだろうか(そういえば、マグリットもベルギー人だ)。二人とも「幻想画家」としてまとめて括られることもある。二人に交流があったのかどうか私は知らないが、クノップフを見ているとスピリアールトを思い出し、スピリアールトを見ているとクノップフを思い出す。


私はこういう絵も好きである。真の主題が何かは判然としないところがあるけれど、いわくいい難い魅力を覚える。小説に明るい青春小説もあれば、暗い影のさす伝奇小説もあって、それはそれで面白いように、この“負の魅力”とでもいうような翳りある光芒を放つ作品も捨てがたい。


一般的には「明るく」「元気に」「希望を持って」といった正の方向性が勧められるが、人間には決してそれがすべてではないことをこの絵は示してくれる。内面と向き合い、深く黙考することで見えてくるものもあるのだ。それはデューラーがあの《メランコリア機佞納┷兇靴燭海箸任發△襪世蹐Α


本作はベルギーの古都ブルージュを題材にしたものである。ブルージュはフェルナン・クノップフが幼少期を過ごした街で、描かれているのは水曜広場という実在の場所。広場の向こう側の家並みも実物に忠実に描写されている。しかし、実際の水曜広場は四方を家々に囲まれており、絵のように片側に海が広がっているということはない。広場にはハンス・メムリンクの像が立っている。絵では小さな塔のように描かれているのがそれで、クノップフはなぜか台座だけを描き、メムリンクの像は消し去っている。


クノップフが本作を描いたのは、ローデンバックの『死都ブリュージュ』という小説に触発されてだった。『死都ブリュージュ』は、妻を亡くした男がブリュージュの街中を彷徨し、あるとき亡き妻そっくりの女性と出会う話だ。詳細な筋を紹介する余裕はないが、主人公と街が次第に狂気に陥っていくさまが物語られる。人間の主人公が設定されているが、死の町ブリュージュの描写にも異常な熱意が充てられている。


クノップフは『死都ブリュージュ』の表紙絵を担当し(よく間違われるが、本文に挿絵を描いたのではない)、本が出来上がってから本の中に掲載されていたブリュージュの写真に想を得てブリュージュをモチーフとした一連の作品を描いたという。本作はそのうちの1点である。


クノップフのブリュージュへの傾倒はやや常軌を逸したところがあって、彼は近代化の波を受けて再開発されてゆくブリュージュを見るのが嫌で、ブリュージュを歩くときは濃いサングラスをかけて極力見ないようにしたという。クノップフにとってのブリュージュとは、あくまでも朽ちたレンガ壁でできた中世の面影を濃く残す古い街であった。


なぜ、クノップフにとってブリュージュは生気なき街でなければならなかったのだろうか。クノップフには妹への倒錯した想いがあったといわれる。ここからは私個人の解釈が混じるが、私はクノップフの作品は2種類に分けられると考えている。それはきわめて単純な分類で、ひとつは人物が描かれている作品、もうひとつは人物が描かれていない作品である。そして、人物が描かれている場合、顔がすべて同じなのだ。


khnopff_memories.jpg
クノップフ 《記憶》 1889 ベルギー王立美術館


↑はクノップフの《記憶》という作品である。7人の女性が描かれているが、全員少しエラの張った同じ顔をしている。これがクノップフの妹マルグリットである。そして、本作に限らず、クノップフの描く人物はすべてこの顔をしている(肖像画を除いて。しかし、肖像画でさえも妹の顔になっているものがある)。つまり、クノップフは人間を描く場合は妹しか描かず、そうでなければ人間はまったく描かなかったのだ。極端な妹への執着というほかない。本作でメムリンクの像を描かなかったのも、妹ではない人間的存在を抹消したかったからだと私は考えている。クノップフの死後、妹を写したありとあらゆる写真が大量に見つかったという。


死都ブルージュはクノップフにとってマルグリットとダブルイメージをなしていたのかもしれない。マルグリットが自分にとって永遠に変わることのない存在であってほしかったのと同じように、ブリュージュも変わらぬままであることを願ったのかもしれない。クノップフは「当時は観光客からも見放された、現実としての死の町であったブルージュで、私は子供時代を過ごしたが、遠い昔の、しかし正確な想い出を大切なものとして持ち続けている」と語っている。


今日のブリュージュは、もちろん、死の町ではない。町全体が世界遺産に指定されており、ベルギーの水の都として多くの観光客が訪れている。チョコレートが特産品でチョコレート博物館なんてものもある。もっとも、そのような活況もクノップフにとっては無用のものだろうが。


クノップフは一般的には「ベルギー象徴派の画家」という紹介のされ方をし、それはそれで間違いではないのだろうが、どうも私はその言い方だけではしっくりこない気がする。私にはクノップフはクノップフだとしかいいようがないように思えてならないのである。