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ARTRAY

アート鑑賞ナビゲーター藤田令伊のブログ形式のメディアです。
展覧会レビュー、アート鑑賞のヒント、アートニュースなどアートに関する
effectiveな情報を発信しています。アート以外についてもときどき書きます。
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ボッティチェリ 《ヴィーナスの誕生》
私的作品鑑賞
venus.jpg
1485年ごろ ウフィツィ美術館

この絵を見直していて「風」の存在に気がついた。向かって左から右へ、画面全体に風が吹いている。ヴィーナスの髪はなびいていて、季節の移り変わりを司る女神ホーラが裸のヴィーナスにかけようとしている赤い布も風にあおられている。微風というよりは、それなりの強さの風。かといってうるさいというわけでもない。ほどよくジェントルな、気持ちのいい風である。


こういう風に吹かれたご経験はあるだろうか? 私はある。ちょっと自慢めいて聞こえるかもしれないが、3月のマドリードで大変心地よい風に吹かれたことがある。アトーチャ駅のほうからプラド美術館へと向かう「パセオ・デル・プラド(プラドの散歩道)」を歩いているときだった。とても3月とは思えない陽気で、私はTシャツ1枚になっていた。日和は快晴、スペインの春の太陽が頭上から燦々と照らしていた。3月だというのに少々汗ばんでくるぐらいだったが、そこに強すぎず弱すぎずのちょうどいい風が吹いていて最高に気持ちよかったのだ。


prd001.jpg
パセオ・デル・プラド


パセオ・デル・プラドには大きな並木が育っており、遊歩道には緑陰が落ちていた。日差しの漏れこぼれる緑陰のプロムナードを風に吹かれて歩く快さといったら! 人生で最高に快適な時間を過ごしているのではないかと思ったほどだった。きっと、もう少し季節が進めば快適などとはいっておられなくなるはずで、訪れた時期がよかったのだと思う。イタリアの絵を見てスペインの記憶を思い出していては世話はないのだが、絵を吹き抜けているジェントルブリーズが思い起こさせてくれる、わが佳き思い出なのである。


ここでは、えもいわれぬ幸福感に浸らせてくれる春の地中海の風が吹いている。すべてが穏やかで心地よい世界。吹き抜ける風がどこからきているかというと、画面左の中空に西風の神ゼフィロスが、妻である花の女神フローラを抱えて浮かんでおり、頬を膨らませて風をヴィーナスのほうへと送っているのだ。春になったら西から吹いてくる温かな風である。この風に気がついたことで、私はようやく絵の真価に触れられた気がした。


venus3.jpg


ヴィーナスは一糸まとわぬ姿である。しかも不思議なことに、生まれたてなのにもう大人の体をしている。神なればこそ、というわけである。ヴィーナスはいくぶんくねるようにして立っている。こういうふうに片方の足に体重を乗せ、もう片方の足は力を抜いて「休め」のかたちで立つスタイルを「コントラポスト」という。コントラポストはミロのヴィーナスなどに見られるように、もともと古代ギリシアの彫刻において編み出された表現である。力が抜けた状態を演出していて、穏やかな風とともに作品の印象に寄与している。絵を見た者がヴィーナスにやさしく優美な印象を抱く秘密だ。


ところで、この絵は右半分と左半分とで内容が大きく分かれている。左側はゼフィロスとフローラが描かれ背景は海だけであるのに対して、右側にはホーラが立っている陸地があり、陸地には植物も生えている。陸と海との境界となる海岸線はシンプルではなくギザギザで複雑なものになっている。これらのことから、画面左側は神の世界(聖なる世界)、右側は人間の世界(俗なる世界)を暗示していると思われる。


興味深いのはヴィーナスが左から右へと移動し、聖なる世界からわざわざ俗なる世界へ到達しようとしていることだ。ここにボッティチェリの世界観が現れていると私は思う。中世以来、長らく人間の世界は俗なる世界として否定されるべきと扱われてきた。が、ルネサンス期になって、人間界も決して価値のない世界ではなく、もっと肯定的に受け止めてよいという世界観が生まれた。マウシリオ・フィチーノという哲学者の説いた世界観だったが、ボッティチェリも当時最新の思想であった現世を前向きに捉える考え方を(少なくともこの絵を描いたときには)持っていたものと思われる。現世の人間世界を肯定しようとする変革こそがルネサンスの核心であった。この絵には、そんな思想も見出せるように思う。