CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    
<< June 2020 >>
PROFILE
LINKS
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
amazon1
amazon2
amazon3
amazon4
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
OTHERS

ARTRAY

アート鑑賞ナビゲーター藤田令伊のブログ形式のメディアです。
展覧会レビュー、アート鑑賞のヒント、アートニュースなどアートに関する
effectiveな情報を発信しています。アート以外についてもときどき書きます。
<< 美の力 | main | 飛鳥資料館 >>
「アンパンマンのマーチ」
私的作品鑑賞
先日、アンパンマンの作者、故やなせたかし氏の特番(NHKスペシャル「みんなの夢まもるため〜やなせたかし“アンパンマン人生”」)が放送された。そのなかでアンパンマンの歌である「アンパンマンのマーチ」が紹介されていた。


ご存じの人も多いと思うが、「アンパンマンのマーチ」は歌い出しのほうにこんな歌詞がある。「なんのために生まれて なにをして生きるのか こたえられないなんて そんなのはいやだ」。この歌詞を初めて聞いたとき、子ども向けの歌にしてはちょっと変わった歌詞だなと思った。作詞はやなせ氏本人である。


やなせ氏には戦争体験(日中戦争!)があり、アンパンマンもその経験がひとつの契機となって誕生しているから、当然、歌詞にも戦争と平和が織り込まれている。そのことは知っていたが、私はこれまでこの歌詞の部分については「自分が生まれてきた意味や目的が見つからないなんて、そんなことはいやだ(だから、夢や希望を見つけよう)」という意味に理解してきた。しかし、番組を見ていて、どうもそれだけではないような気がしてきた。


そもそも、初めてこの歌詞を聞いたときも若干の違和感を覚えていた。それは「こたえられないなんて そんなのはいやだ」という部分で、これは強い拒否の表現である。もし「夢や希望を見つけよう」という意味合いだけであれば、この部分はそんなに強い拒否にする必要はなく、「いつかきっと 見つけよう」ぐらいでもおかしくはない。しかし、「そんなのはいやだ」と強く拒否する意思を示しているところが不思議に感じられたのだ。


もちろん、そういう意味合いも込められているのだろうが、今回テレビを見ながら初めて気づいたのは「なんのために生まれて なにをして生きるのか」が仮に本人に自覚されていたとしても、「こたえられない」状況に置かれるなんて「そんなのはいやだ」という意味も込められているのではないか、ということだった。


とりもなおさず、人間をそういう状況に置く端的なものは戦争である。ご自身、戦争体験のあるやなせ氏は、それがどんなものかを痛切にご存じだったはずである。どんな夢や希望があったとしても、ひとたび戦争に駆り出されてしまったら断念せざるを得なくなる。そんな不幸なことがあるだろうか、そんな世の中でいいのかと、「アンパンマンのマーチ」は歌っているように私には聞こえ出したのである。


また、やなせ氏には弟がいたそうである。帝国大学に通っていた自慢の弟さんだったという。ところが、その弟君はなんと神風特攻隊の隊員として命を散らしている。さぞかし無念の死だったことだろう。きっと弟君にも夢もあれば希望もあったに違いない。けれども、それらを叶えることはできず、短い生を閉じることを強いられた。


「アンパンマンのマーチ」を作詞したやなせ氏の胸中には弟の無念もあったのではないだろうか。そういう視点も含めて見れば、歌詞のなかに上記のような意味合いが浮かび上がってくるのである。ただ単に「夢や希望を持とう」といっているだけではなく、人間を非情に追い込むような世界は、そんなことはあってはならないと痛烈に弾劾しているのである。


ほんとうのところがどうだったのか、私なんぞには知るよしもない。しかし、今後「アンパンマンのマーチ」を聞くたびに、きっと私はもうひとつの意味合いも受け取るに違いない。