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ARTRAY

アート鑑賞ナビゲーター藤田令伊のブログ形式のメディアです。
展覧会レビュー、アート鑑賞のヒント、アートニュースなどアートに関する
effectiveな情報を発信しています。アート以外についてもときどき書きます。
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興福寺国宝館
美術館・ギャラリー
私は奈良の出身で、奈良に戻ったときにはときどき興福寺の国宝館へ足を運ぶ。美術館や博物館の多くは月曜日が休館になるが、興福寺国宝館は年中無休。「今日はやってるかな?」と心配する必要がない。外国からの訪問客も多いから、いつでも開いているのはありがたいことだ。案外こういうところのほうが運営が先進的だったりする。


展示されている仏像は国宝や重文が目白押しで、国宝館の名に偽りはない。なかでも目玉とされるのは、いうまでもなく阿修羅像である。2009年に東博で開かれた「国宝 阿修羅展」の際には94万6000人もの人々が押し寄せ、ごったがえした。ピーク時には入場するだけで1時間半以上もかかったというから、到底ゆっくり見ることなどできなかっただろう。


しかし、ふだんの興福寺国宝館なら落ち着いて見ることができる。館内はたいてい空いており、阿修羅像も前に陣取って好きなだけ対面することが叶う(しかも入場料は500円だ!)。展示されている仏様は同じなのに、ここまで状況が違うのには複雑な気持ちが生じてしまう。東京と奈良という違いはあるが、それだけでこの差は説明できない気がする。阿修羅展の熱狂は、所詮メディアが煽り立てて生み出した流行現象だったということだろう。ほんとうに阿修羅像を見たければ、いつでも奈良を訪れればよい。


それはともかく、阿修羅像はやはり魅力的ではある。かすかに憂いを帯びた表情。乾漆で表現されているが、1300年前にすでにこれだけの像がつくられた事実にはほんとうに驚かされる。身体は少年のそれで、とても戦闘の神とは思われない。阿修羅は仏教を守る八部衆の一人(?)で国宝館には他の七つの像もあるが(ただし一体だけ頭部しか残っていない)、他が鎧兜で武装していかにも戦闘といういでたちなのに対して、阿修羅像だけは薄衣をまとった姿でつくられている。足元にいたっては草履履きである。鎧兜なんぞ不要だといわんばかりだ。つくられた当時から阿修羅像が特別扱いされていたふしがある。


身体が華奢なのは他の八部衆も同じである。阿修羅像以外は鎧兜を着用しているが、体つきそのものはやはり少年みたいな繊細なたたずまいである。いでたちとのあいだには大きなギャップがある。さらにいえば、八部衆とともに常設展示されている釈迦十大弟子像も同様に少年のような細くて力強くない体として表現されている。八部衆と共通した印象がある。


八部衆も十大弟子も734年の作と考えられており、表現の共通性から同じ人物もしくは同じ工房で制作されたのではないかと思うのだが、ウィキには当時の一般的な表現だったとある。一般的な表現でこれほどの共通性があるものだろうか。制作年も本来の安置場所(西金堂)も同じだから、両者にはやはり不可分の関係があるような気がする。


阿修羅像もいいのだが、私が気になるのは迦楼羅(かるら)像である。体は人間、首から上は鳥という、じつに奇妙な姿をした像なのだ。明らかに人間と鳥のハイブリッドで、他の七体とは出自そのものからして異なっていることがうかがわれる。


SFドラマの「スター・トレック」にはミスタースポックというキャラクターが登場するが、スポックは地球人とバルカン星人の混血という設定になっている。迦楼羅像はいわばスポックみたいな存在である。1300年前にしてすでにスター・トレック同様の多様性を認めていたことになり、万葉の時代は物質的にはプリミティブなものにとどまっていたとしても、人間の思惟という面では現在と変わらぬ宇宙があったことが窺われて感慨を覚えるものがある。


とまあ、興福寺国宝館は尽きることがないといっても過言ではない興味を覚える場所なのである。関西方面へお越しの節は、ぜひ来訪されたいと思う。