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ARTRAY

アート鑑賞ナビゲーター藤田令伊のブログ形式のメディアです。
展覧会レビュー、アート鑑賞のヒント、アートニュースなどアートに関する
effectiveな情報を発信しています。アート以外についてもときどき書きます。
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変わってきた? 日本人のアート鑑賞
ブログ

このところ、日本人のアート鑑賞がちょっと変わってきたのかな?と感じる出来事がありましたので、今日はそれについて書きます。

 

私のような仕事をしている人間には、書籍・雑誌、ウェブ、市民講座、ラジオ・テレビなどからの依頼がちょくちょくあります(それでメシを食っているので、なければ困るのですが)。依頼の中身は、記事の執筆、取材・インタビューがもっとも多く、ほかにもセミナー・講座の担当、講演、出演などがあります。コンテンツの監修・助言、アイデア出しなんかが求められることもあります。

 

 

それらの依頼の趣旨は、これまではこういう言い方が多くありました。「フェルメールについてわかりやすく解説してください」とか「難解な現代アートを誰でも楽しめるコツについて教えてください」「素人にもわかるように美術館の魅力について語ってください」など。つまり、多くの場合「わかりやすく」ということがポイントで、アート鑑賞のハードルを少しでも下げるにはどうすればよいか、という問題意識が企画者の念頭に置かれているわけです。

 

 

いまでもその流れは基本的には変わらないのですが、ここにきて、ちょっと「お?」と感じる依頼が度重なるようになってきています。たとえば、来月発売の『プレシャス』(小学館)という女性誌に私のインタビュー記事が掲載される予定ですが、その依頼趣旨は「ムンクの魅力について主観的に語ってください」というものでした。いままでなら「ムンクの魅力についてわかりやすく語ってください」となるところ、今回は「主観的に」、つまり、一般論はさておいて私の主観で話をしてほしいというのです。

 

 

あるいは、この秋、フェルメール展が開かれるのを睨んで、ある出版社がフェルメールのムックを企画し、私にも依頼がきたのですが、その趣旨が「藤田さんの好きなフェルメール作品トップ10を教えてください」というものでした。ここでもやはり、一般的な「フェルメールのトップ10」ではなく、「私にとってのトップ10」が求められています。

 

 

このように、最近、従来の「わかりやすく」に加えて「主観的に」がキーワードになりつつある印象があります。たまたまのことなのか、それとも何らかのトレンドの萌芽なのかはまだよくわかりませんが、少なくとも、これまでになかったことが起こっているのは事実です。

 

 

ある人の主観的な鑑賞を記事にして何が面白いのだ?と訝しく感じられる向きもあるかもしれませんが、これが案外興味深いものです。主観的な鑑賞が俄然注目された事例があります。ニューヨークのメトロポリタン美術館が実施している「コネクションズ」というプログラムです。

 

https://www.metmuseum.org/connections/

 

このプログラムは、メトロポリタン美術館に勤めるスタッフたちが、美術館のコレクションについて、個人的主観的に語り、紹介するというものです。美術品を紹介するスタッフといっても学芸員とかに限らず、レストランのシェフや車の運転手、経理担当者など、幅広いスタッフたちが行っています。それぞれメトロポリタン美術館のコレクション(に実は限らないのですが)のなかから自分のお気に入りをピックアップし、それについて思い入れたっぷりで話をしてくれます。

 

 

ある人はドアフェチで、ドアをモチーフにしている作品はもとより美術館の実際のドアまで取り上げて、その面白さを熱く語っています。またある人はスポーツが好きで、円盤投げをしている彫刻などスポーツ絡みの作品を掘り起こします。昔、おじいさんと同館を訪れ、おじいさんとこの作品をじっくり見たという話を思い出とともにしみじみと話している人もいます。どれも個人的主観的な話なのですが、とても惹き込まれるものがあります。コネクションズのなかでは、むしろ、学芸員や研究員の“解説モード”の話のほうが味気なく感じられるほどです。

 

 

コネクションズが立ち上げられたとき、美術館内でも「そんなことをして何の意味があるのだ?」という議論があったそうです。美術史的な解説をするでもなく、いくら美術館に勤務しているといっても美術の専門家でもない人の個人的な話を聞かされて、それがいったい何の役に立つというのだ、という疑問でした。ところが、実際にコネクションズが始められたら世界中から大きな反響がありました。「いままで知らなかった美術の楽しみ方に目を啓かされた」とか「美術館や作品がウンと身近に感じられるようになった」といった声が続々と寄せられ、コネクションズは想定外の成功を収めました。

 

 

私はその話を耳にしたときから「羨ましいなぁ」と思っていました。当時は日本ではまだまだ“解説モード”の鑑賞が主流で、コネクションズのような主観ベースの鑑賞は素人のプリミティブな見方、底の浅い得るものの少ない見方と見なされていた風潮がなきにしもあらずだったからです(もしかしたら、いまでもそうかもしれません)。私はずっと主観的な鑑賞、個人的な鑑賞を推奨する活動をしてきていますが、長らく“孤軍奮闘”の感が拭えなかったというのが偽らざるところです。

 

 

ところが、上記のように、ここにきて雰囲気が違ってきたように感じているわけです。「主観的に語ってください」「好きな作品を教えてください」といった依頼が日本でも到来するようになった——この事実に、ようやく日本人のアート鑑賞も変わってきたんじゃないか、と思えてくるのです(あるいは、思いたい?)。

 

 

“解説モード”の鑑賞が悪いとは思いませんが、とはいえ、そればかりでは個人が自分の体験としてのアート鑑賞をしていくことにはつながりにくいと思います。私たちが私たちの鑑賞を進めるためには、個人的主観的な鑑賞をもっと深め、分厚くしていく必要があるのではないかと考えています。