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ARTRAY

アート鑑賞ナビゲーター藤田令伊のブログ形式のメディアです。
展覧会レビュー、アート鑑賞のヒント、アートニュースなどアートに関する
effectiveな情報を発信しています。アート以外についてもときどき書きます。
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東京←→沖縄 池袋モンパルナスとニシムイ美術村
私的展覧会レビュー

板橋区立美術館 開催中〜4/15まで

開館時間◇9:30〜17:00(入館は16:30まで)

休館日◇月曜日

 

「ニシムイ美術村」をご存じだろうか。「ニシムイ」といいながら、漢字では「北森」と書く。沖縄の方言では「北」を「ニシ」と発音するので、「ニシ」なのに「北」となってややこしいのだが、そのせいでニシムイ美術村も「西森美術村」と表記されることがある(ちなみに「ムイ」は「森」の意味)。

 

 

「ニシ」つまり「北」とは何の北かというと、首里城の北である。ニシムイは行政的な地名ではなく、現在の那覇市首里儀保町一帯をそう呼んだ通称であった。第二次大戦の地上戦によって壊滅的な被害を被ったニシムイの地に、1948年、若い芸術家や文化人が集住してできたのがニシムイ美術村である。

 

 

本州では美術ファンのあいだでもニシムイ美術村のことはあまり知られていないかもしれないが、戦後沖縄の芸術復興にニシムイ美術村は大きな役割を果たしている。ニシムイ美術村を主導したのは名渡山愛順(などやまあいじゅん)や山元恵一ら東京美術学校で学んだ者たちで、彼らは学生時代に池袋や落合で暮らし、本土の芸術家志望の若者たちと交流を持っていた。そのとき知己を得た者たちがニシムイを訪れたりもしており、この展覧会名の由来となっているのだろう。

 

 

沖縄県立博物館・美術館にはニシムイの画家たちの数々の作品が所蔵され常設展示されている。以前、それらを見るために沖縄へ赴いたことがある。ところが、現地へ行ってみたら、なんと、私の滞在できた期間だけ、臨時の工事があって見ることができなかったのだ。事前にちゃんと確認していれば、そんな失敗はせずに済んだのだが、行けば見られると思い込んでいたため、思わぬ憂き目に遭ってしまった。いったい何のために沖縄まできたんだろうかと、ずいぶん落胆した記憶がある。

 

 

私がとくに見たかったのは、玉那覇正吉(たまなはせいきち)の《老母像》という同じタイトルの絵と彫刻、安次嶺金正(あしみねかねまさ)の《群像》であった。釣り損ねた魚は大きいというが、見られると期待していたのに見られなかった分、その後これらの作品への私の思慕は膨らんだ。写真で見ることはできても、やはりいつかは実物を見たい、何とか見たいという思いが私のなかに蓄積されていった。結局、改めて沖縄を訪問した際に見ることが叶ったが、本展には最初見られなかった作品が出品されている。

 

 

玉那覇正吉_老母像.jpg

 

玉那覇正吉 《老母像》 1954年 沖縄県立博物館・美術館蔵

 

 

玉那覇正吉の《老母像》は、作家が年老いた母を描き、彫ったものである。張った頬骨やかぶさるような瞼が時の重みのようなものを感じさせる。この「老母」の世代の沖縄の人々は、どうしても戦争と結びつけて見てしまう。あの「これ以上ない地獄」といわれる沖縄地上戦を経験した人。この人はいったい何を見、何を心に刻んだのだろうか。おそらく、過酷などという言葉ではすまない戦争体験がこの人のなかに沁み込んでいるのであろうと、ついつい、そんな眼で見てしまうのだ。そういう見方がいいのかどうかわからないし、作家にしてもそういったことを伝えようとしたとも限らないのだが、何かをくぐり抜けて生きてきた人だけが持つ凛呼たる芯のようなものを感じる。

 

 

安次嶺金正 群像.jpg

 

安次嶺金正 《群像》 1950年 沖縄県立博物館・美術館蔵

 

 

安次嶺金正の《群像》は、一見何気ない人々の集まりを描いた絵に見える。が、時間をかけて眺めていると、次第にいろんなことが立ちあらわれてくる。戦後まもなくにしてはカラフルな服装を着ている人がいて、立っている人たちの一群もあれば、座っている一群もある。背中を丸め、こちらには顔を向けていない人たちがいる一方、いまが花よとイキイキしている人もいる。《群像》という一括りにしたタイトルながら、よくよく見ていけば、決して人々は一様ではないことがわかってくる。あまり細かくは描き込んでいないようでいて、その実、人によって微妙なニュアンスの違いが表現されている。戦後の沖縄において、置かれた状況の差異で人々のあいだに微妙な違和感というか溝というかが存したことが示唆されているように私には見える。

 

 

ほかにも、安谷屋正義(あだにやまさよし)の《望郷》が印象に残った。

 

 

安谷屋正義_望郷.jpg

 

安谷屋正義 《望郷》 1965年 沖縄県立博物館・美術館蔵

 

 

一人のアメリカ人兵士と思われる男が立っている場面が描かれている。画面は日照りの砂漠のように白っぽく、基地のゲートと思われる背景が蜃気楼みたいに見えている。思えば、われわれ日本人からすれば、沖縄は「アメリカに長年統治されていた」という感覚なのだが、個別のアメリカ人兵士にしてみれば「長年統治の任務に服せられた」ということになる。アメリカ人兵士も人の子、望郷の念が募ることもあったろう。この絵は、そんな、つい見逃しがちな視点を見る者に提示し、アメリカ人も日本人も同じ人間だという事実に気づかせる。

 

 

私個人は「ニシムイ美術村」のほうにより強い関心を持って見てしまったが、「池袋モンパルナス」のほうもさまざまな作品が出品されている。長谷川利行の《新宿風景》は、小品ながら、この画家の世界をよく伝えてくる。乱雑といえば乱雑な筆致なのだが、では全体としてハチャメチャになっているかというと決してそんなことはない。さりげなく描かれているようでありながら、ごくすぐれたセンスを汲み取ることができる。松本竣介の《郊外》は例によって独特のブルー基調の絵である。ていねいに描かれている部分とラフに描かれている部分とがあり、その両者が重なり交錯することによって、この人ならではの非現実感が醸し出されている。

 

 

池袋モンパルナスとニシムイ美術村の画家たちの展覧会という企画は、今日では貴重なものだと思う。昨今の企画展は、どうしても観客動員が見込めるもの、話題になりそうなものに傾くキライがある。もちろん、展覧会は「見てもらってナンボ」だから、観客動員に企画者の目が向くのは当然ではある。とはいえ、それが優先されすぎると、“わざとらしさ”や“あざとさ”が何とはなしに漂ってくる。今年も注目の大型展が開かれ、そのなかには世界で人気を博する画家の稀少な作品を取り集める企画があるが、中身は何年か前に別の美術館で実施された企画の二番煎じみたいになっていたりする。大量の観客動員を達成したので、“二匹目のどじょう”を狙っているのが見え見えである。

 

 

美術展は企画者の表現でもある。どういう想いをもって、何を観客に伝えたいのか、というものがやはり根底にあってほしい。多くの観客動員ができさえすればそれでいいというのでは、それは「マーケティング」とはいえても「表現」ではない。表面の皮だけのペラペラで薄っぺらなものにすぎない。そういうのがちょっと多すぎやしないかという気がする。本展には企画者や主催者の「想い」が感じられる。それを「貴重なもの」と先ほどつい書いてしまったが、ほんとうは「貴重なもの」であってはおかしいのだ。

 

 

ところで、展覧会が開かれている板橋区立美術館は、1979年、東京の区立美術館としては初めてつくられた。初の区立美術館ということは、それだけ画期的な存在だったわけだが、設立から39年という時の経過はもっとも早くに“老い”をもたらすことにもなっている。ここは、毎年、イタリア・ボローニャで開催される国際的な絵本の原画コンクールの入賞作品展を開くなど、「想い」を感じるミュージアムではあるのだが、如何せん、老朽化や設計思想の古さが否定できなくなっていた。

 

 

美術館側もそのことはよくわかっていて、本展が終わってから大規模な改修工事が行われる。工事が終了するのは、2019年6月頃の予定である。どんな美術館に生まれ変わるか楽しみではあるが、建て替えではないのでリニューアルにも限界があるだろう。現状の建物でどこまでのことができるか、見守っていきたいと思う。先駆者であるがゆえの不利を抱えつつも頑張ってもらいたいと願う美術館だ。

 

 

※正しい展覧会名では「東京」と「沖縄」のあいだの矢印は左向きのものと右向きのものが上下に重なっています。ここではうまく表記できなかったので矢印を横に並べています。