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ARTRAY

アート鑑賞ナビゲーター藤田令伊のブログ形式のメディアです。
展覧会レビュー、アート鑑賞のヒント、アートニュースなどアートに関する
effectiveな情報を発信しています。アート以外についてもときどき書きます。
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絵と人生
ブログ

『企画展がなくても楽しめるすごい美術館』を出版してちょうど半年が経った。売れ行きはそれなりに健闘してくれているが、突き抜けたヒットとまでは至っておらず、それは著者の知名度からして無理からぬことと思う。そんななか、一人の読者からお手紙を頂戴した。

 

その方はこの本をずいぶん気に入ってくださっており、なんと一人で50冊以上(!)も購入し、知人・友人に贈呈してくださっているのだという。それだけでも驚くべきなのだが、贈呈されているなかでこんなことがあったと手紙をくださったのである。次のようなことが書かれていた。

 

 

「すごい美術館の本をある友人に贈りましたところ、涙しながら電話を……。

実は彼女はまだ六十八歳にして年中病の身。

名品とされている劉生や黒田清輝の絵、ゴッホのひまわり、ミレーの落穂拾い、

尾形光琳の屏風等々……まだ途中なのに。……ゆっくり見させていただきます。

ありがとうございました――と。

この本は人の命を揺り起こすものなんだとしみじみ実感しました。

とくに心弱き人の心を……と。贈って本当に良かったと思いました」

 

 

と、驚くべき内容であった。

この本を読んで「涙しながら電話を」かけてくる人が出てくるとまでは、さすがに想像もしていなかった。たしかに私なりに、通り一遍の美術館ガイドに終わらないよう書いたつもりではあったが、まさかここまでの反響を頂戴するとは思いもしなかった。こちらのほうが感激するばかりである。いい意味で著者の思惑をはるかに超えた読み方を読者のほうがしてくださっており、驚きつつも嬉しく思う。

 

 

とはいえ、この本のいったいどこがそれほどまでに読む人の心を打ったのかとなると、正直なところ、書いた私自身つかみきれない。もし、そういう部分があるとすれば、第三章かとは思ったが、手紙の内容からすれば、第一章からすでにそのように読んでくださっているようである。嬉しく思いつつも過大評価してもらっているのではという当惑もないではない。

 

 

その方の気持ちに少しでも触れてみたいと、改めて本を読み直していて、ああ、こういうことかもしれないと見えてきた気のすることがあった。お手紙からすると、電話をかけてこられたご友人はいまは病弱とのこと。容易に美術館などへは行けない身でいらっしゃることが推察された。そのため、この本を読んで若き日に美術館を訪れたときのことを思い出し、それにまつわるさまざまな思い出と照らし合わせながら読んでおられたのではないだろうか、という気がしたのだ。

 

 

このような電話をかけてこられたぐらいだから、きっと、もともと絵を見るのがお好きなのだろう。かつて見たさまざまな絵のことが走馬灯のように蘇り、そのとき覚えた感動や感激、あるいは当時のいろいろな出来事、懐かしい人々を思い出されたのかもしれない。

 

 

絵は、ときに芸術作品という以上の意味を持つことがある。何かの出来事と重なったりし、通常以上の強い印象が残ることがたしかにある。たとえば、恋人と展覧会に行ったとき、ある絵の前で突然プロポーズされた――といったことがあれば、もはやその作品は「思い出の絵」というぐらいでは収まらないだろう。生涯忘れることのできない、その人にとっての宝物となるだろう。

 

 

そこまでドラマチックでなくても、あるいは絵そのものでなくても、絵を見た経験が周辺の記憶と結びつき、自分の人生の1ページとしてしっかりファイルされているということは十分ありうる。私にもそういう絵がある。フェルメールの《デルフト眺望》や《牛乳を注ぐ女》で、もう四半世紀以上前のことになる。

 

 

当時まだサラリーマンだった私は、暇があればしょっちゅう海外の美術館を訪れていた(そのせいで、マイレージクラブのゴールド会員の資格を得ていたほどだ)。ヨーロッパへ行くときは可能な限りオランダにも立ち寄りたく、必ずKLMを利用していた。そのため、私にとってアムステルダムのスキポール空港はいわばヨーロッパの玄関口で、すっかり馴染み深い空港となった。

 

 

イギリスへ行くときもフランスへ行くときもスペインへ行くときも、スキポール空港を経由し、帰路はスキポールでの乗り継ぎ時間をたっぷり取って、その間、アムステルダム国立美術館やマウリッツハイス美術館へ立ち寄り、《牛乳を注ぐ女》や《デルフト眺望》の前に立つというのが私のヨーロッパ旅行のパターンであった。

 

 

脱サラしてフリーランスの身になってからは、サラリーマン時代以上に自由に海外へ行けると思っていた。が、そうはならなかった。案外まとまった時間が取れず、とくに大学で教え始めてからは、大学の授業がある期間は海外渡航はまず不可能で、それだけで年の半分は潰れてしまう。加えて昨今は向こうの治安が悪くなってきているため、かつてのような気楽さで海外へ行くのが難しくなったということもある。そんなこんなで、私の海外渡航頻度はガクッと減少しており、おそらくこれからも大きく回復することはないと思われる。

 

 

ということをつらつらと考えると、結局、サラリーマン時代に狂ったようにあちこちへ行っていた時期がわが人生における海外経験のピークだったのだ、ということが見えてくる。それが見えてくると、もはやあのような時期は自分には訪れまいという、いささか秋色に染まった感慨が湧いてくる。そして、フェルメールの《デルフト眺望》や《牛乳を注ぐ女》を見るたびに、かつての記憶が心のどこかに立ち現われ、二度と戻らない時間を多少感傷的に回顧させるのである。

 

 

いまでさえそうなのだから、還暦を過ぎ、古希を過ぎるような年齢になれば、青春回顧の想いはもっと色濃くなるだろう。私のような鈍感な人間でも「絵を見て涙する」ことが出てくるかもしれない。

 

 

絵とは人生の一部分なのだと思う。その人のかけがえのない記憶や思い出と結びついており、絵を見るたびにそれらが思い起こされるのである。電話をかけてこられた方も、きっと、そのようなことだったのではないだろうかという気がする。

 

 

絵が人の人生の一部分を担うものであれば、ただ「アート」とか「美術」とかいうだけでは収まらないもののようにも思えてくる。賢しらだって、あれこれとわかったふうに語るのはおこがましいというものだ。とはいえ、仕事柄、これからも絵についてあれこれ語らなくてはならないが、絵は人生をも担うものでありうる――ということを忘れないようにしなければと思った。