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ARTRAY

アート鑑賞ナビゲーター藤田令伊のブログ形式のメディアです。
展覧会レビュー、アート鑑賞のヒント、アートニュースなどアートに関する
effectiveな情報を発信しています。アート以外についてもときどき書きます。
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岡本太郎と《太陽の塔》
アートを考える
岡本太郎05.jpg
(写真:共同通信社)

今年は大阪万博が開かれてから45年になります。万博の年に生まれた人が45歳になるのですから、もう、ずいぶん昔のことになってしまいました。大阪万博についてはほとんど何も知らないという人がいまではきっと多いことでしょう。私自身は小学校3年生のとき、万博へ3回行きました。あの特別な高揚感はいまでも覚えています。

さて、この写真は大阪万博を空撮したものです。説明するまでもありませんが、真ん中に《太陽の塔》が写っていて、塔のあるあたりがお祭り広場といわれていた場所になります。何気ない万博のひとコマですが、この写真、いまにして見れば、大きな意味を含む1枚になっているように思います。


ご覧のように《太陽の塔》は、お祭り広場を覆う大きな屋根のなかから頭を突き上げる格好でつくられました。この大屋根は、当時にあっては画期的なものだったそうです。291メートル×108メートルという広大な広さの構造物で、10メートル四方の正方形のグリッドをズラッと並べ、それをスチール製のボールジョイントとトラス状のスペースフレームの連続体で支え、地上30メートルの高さで維持しました。設計は東京都庁をつくった丹下健三氏です。この大屋根の構造は「メタボリズム」と呼ばれ、その後の建築に大きな影響を及ぼしたとされています。


大屋根は、当初、穴を開ける予定はありませんでした。ところが、お祭り広場に設けることになっていたテーマ館を依頼された岡本太郎氏が「べらぼうなものをつくりたい」と言い出し、高さ70メートルの《太陽の塔》のプランをぶち上げたのです。大屋根の高さは30メートルですから、そこに高さ70メートルの《太陽の塔》を設置したらぶつかってしまいます。岡本太郎氏は、どうしても《太陽の塔》は70メートルの高さが必要だと譲らず、丹下健三氏と衝突します。結局、万博協会会長のとりなしで大屋根の真ん中に穴が開けられることになり、このようなかたちで決着しました。


ところで、ご存じのように大阪万博のテーマは「人類の進歩と調和」でした。表向きにはそのように謳っていましたが、実際は「日本の科学技術力を世界にアピールする狙いがあった」と当時万博の企画・実施に携わっていた堺屋太一氏は語っています。つまり、大阪万博は科学と技術の祭典であり、思想的にいえばモダニズムのイベントだったのです。その観点から見れば、メタボリズムの大屋根は万博ととても親和性があることがわかります。大屋根はまさしく日本の建築技術を世界に披露するものでした。


それに対して、高さ70メートルの《太陽の塔》を主張して譲らなかった岡本太郎氏は、じつは、大屋根の模型を見て「これをぶち破ってやる」と発想し、《太陽の塔》を70メートルにしようと決めたのだそうです。そもそも、岡本太郎氏はモダニズムとは正反対の思想を唱えていました。モダニズム一色に染まっていく世の中はおかしいと考え、そういう時代こそ「人間」を重視しなければならないと主張していたのです。そのため万博テーマ館の依頼も何度も断っていましたが、それでもめげずに三顧の礼をもって頼んでくる担当者に根負けして引き受けたという経緯があります。ただし、その際、岡本氏は「万博のテーマなんか関係なしに自分のつくりたいものをつくるが、それでいいか?」と確かめていたのでした。


こうして岡本太郎氏はモダニズムの祭典のど真ん中に人間の復権を目指す反モダニズムの巨大オブジェをぶち上げたのでした。しかも、万博とモダニズムの象徴たる大屋根を、それでぶち破ることをやり遂げたのです。この写真は、その相克の現場を見事に捉えたものということになります。小学校3年生だった私にはそんなことはまったくわかりようもなく、ただ太陽の塔があって大きな屋根があるなぁとしか思っていませんでしたが、思えばすごいところに居合わせていたものです。そして、21世紀のいま、岡本太郎氏の主張はますます意味深いものになっているように思います。


岡本太郎という芸術家。テレビではちょっと奇人的な扱いを受けていたので「変わった人」としか思われていないかもしれませんが、とてつもなくデカイ人だったように思います。いま、彼のようなことができるアーティストがいるでしょうか? 昨年のヨコハマトリエンナーレでは森村泰昌氏がディレクターを務め、「華氏451の世界」というテーマを掲げ、それはそれで一つの主張を唱えましたが、万博における岡本太郎氏と比べると如何せん小粒になっている印象が否めません。


ましてや他の人に「異を唱える」というアクションを、いま、いったいどれくらい期待することができるのかと、ふと思ってしまいます。「異を唱える」どころか、ひたすら「依頼先のご意向に添う」という人ばかりではないでしょうか。社会的にいえば、ほんとうはメディアやジャーナリズムが「異を唱える」機能を果たす必要がありますが、メディアは「異を唱える」どころか萎縮して自己規制しているありさまですから話になりません。最近、評論家の内田樹氏はインタビューで体制批判的なことをいったら、その部分は「削除してくれ」と編集から頼まれたそうです。体制を監視すべきメディアが自主的に体制に加担しているのです。


このままでは、この国は相当ヤバイことになるように思えてなりません。賢く、巧みに、「異を唱える」べきは唱えるということを、かつてなくしていかねばならない世の中にすでになっているのではないでしょうか。アートやアート鑑賞も、どこかで、しかし間違いなくそういう現状とつながっている気がします。